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歌詞・物語の解釈メモなど

MetalGearメモ(2) 小島監督の「Debriefing」

基本的に作り手の発言等はテクスト外として扱いますが、公式サイトに載っている小島監督の「Debriefing」については、プレイヤーに向けた直接的なメッセージが含まれているので、一応受け止めておくことにしましょう。

 

 

完成報告映像「Debriefing」

『MGSV:TPP』公式サイトのトップページには、「完成報告映像『Debriefing』」と題された動画が掲載されています。大部分は小島監督が海外の関係者と対談する、いわゆるブランディングめいた内容となっていますが、その合間に二回ほど、カメラの先の視聴者に向けて直に語りかけるシーンが挟まれています。おそらくはこれが『MGSV』開発チーム代表としての最も公的なメッセージ、とみて良いものだと思います。

日本語版音声と英語版字幕をそれぞれ以下に引用してみます。

 

日本語版音声

耳頼みですが極力聴こえたまま文字に起こしました。それまでのいかにも世界的クリエイターでございといった映像とは打って変わって、素朴な語り口で親しみやすい印象です。

参照元動画:【公式】完成報告映像「Debriefing」 | METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN (JP) CERO [KONAMI] - YouTube

(5:49~)

ミッシングリンクの円環を補完するということで
これはあまり…
まだゲームをプレイされていない皆さんには言えないんですけど
どういう補完の仕方が 円環を繋ぐ仕方がいいのかって
ずっと『4』ぐらいから考えてたんですけどね
その一つの答えが今回の『メタルギアソリッドV』なので
ファンの方はたぶん喜んでもらえると思います

誰もがやったことのないことにチャレンジしてますので
しかもゲームでしかできなかったことをしてますし
28年間というシリーズじゃないと不可能なことをやっているので
是非喜んで頂ければと思います」

(9:34~)

「最後の最後まで可能な限り
挑戦も含めて
メタルギアソリッドV』作り込みましたので
安心して遊んで頂けるものになってると思います
結構長い間お待たせしましたけど
待った甲斐がある仕上がりになっていると思いますので
是非楽しんでください
本当にありがとうございました」

 

英語版字幕

英語字幕のほうが文意が明確になっていますが、監督の意図が正確に再現されているかどうかは不明です。

参照元動画:[Official] Debriefing | METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN (EN) - YouTube

(5:49~)

This time, the game serves to bridge a missing link.

Of course I don't want to say too much since people haven't played it yet...

But I thought long and hard about how to best connect things.
What kind of bridge should fill the gap?

I've been thinking about that ever since MGS4.
And one answer is the approach that I took with MGS5.

I think fans will be happy with it.

It's a path that no one has really taken before...
A vision that could only be realized in the form of a game.

And it works only because the series has been continuing for 28 years.

I hope fans will enjoy it.

(9:34~)

Rest assured that I've been working on making MGSV the best it can possibly be balancing and tweaking right up until the very end.

Players will not be disappointed.

I am sorry it took so long...

But I feel we've created something very special, and I hope everyone will enjoy it.

Thank you all.

 

メッセージの要旨

日本語のほうをベースとして整理すると、大体以下のような感じでしょうか。

  • メタルギアシリーズの円環の補完の仕方について、監督が『4』の頃から考えてきた末の一つの答えが『MGSV』であり、ファンはたぶんそれを喜んでくれるだろう
  • 誰もやったことがないことにチャレンジしている
  • ゲームでしかできないことをやっている
  • 28年間というシリーズじゃないと不可能なことをやっているので喜んでほしい
  • 最後の最後まで可能な限り作り込んでいる
  • 安心して遊んでもらえるものになっている
  • 待たせたな!(意訳)
  • 待った甲斐がある仕上がりになっていると思うので楽しんでほしい

 

気になるポイント

円環

まず、小島監督の口から「円環」という、やや幻想的な趣のある言葉が出てきたのが少し意外でした。英語字幕のほうでは『DS』のキーワードでもある「bridge(橋)」という訳語が当てられています。単に年代の空白部分を繋ぐという意味ならそれでも問題なさそうですが、「円」は循環・再帰・永遠といった概念の象徴でもあります。シリーズが終焉しても作品世界が終わるわけではない、ということを意識しての「円環」という言葉選びだったのかもしれません。尾を喰らう「蛇」、「歯車」、「ゼロ」、といったお馴染みのキーワードとも重ねることができるので、メタルギアサーガ全体を「円環」のイメージでとらえるのはなかなか文学的オシャレ度が高いように思います。

 

ミッシングリンク

MGS4』でソリッドら子世代の物語が綺麗に完結した後、メタルギアシリーズは親世代であるビッグボスの在りし日の姿、『MGS3』の主人公スネークの物語の続きとして展開していました。『MGSPW』で得た自分の居場所と家族のような仲間たち。それを『MGSV:GZ』で根こそぎ奪われた彼が、その後の空白の期間にどのような経験を経て、「英雄にして狂人」、アウターヘブンの首領ビッグボスとして悪に堕ちていくのか。そのドラマがついに語られる、という期待を煽るようなトレイラーでの前振りとは裏腹に、『MGSV:TPP』の最後に出てきたのは、「この主人公は実はスネーク本人ではなくそっくりさんで、もう一人のビッグボスです」、「1995年のアウターヘブンで死ぬビッグボス(死ぬんだ?)はファントムのほうです」という斜め上の後付け設定でした。二人に分裂したことにより、アウターヘブン周りのビッグボスの忙しさが幾らか緩和されそうではありますが、スネーク個人についてはかえってミッシングリンクが拡大したようにも思えます。結局どういう経緯でFOXHOUNDに戻るのかなどは謎のままですね。

 

ファンが喜ぶような補完

ヴェノムがもう一人のビッグボスとなったのと引き換えに、『TPP』ではスネーク本人がほとんど姿を見せず仕舞いとなりました。この騙し討ちめいた主人公交代にはがっかりしたスネークファンも多かったのではないでしょうか。私もスネークは『3』の頃からお気に入りのキャラクターだったので、あまりの出番の少なさが残念でなりませんでした。元気な顔を見られるのはエンディングでの回想シーンぐらいのもの。それも、かつての相棒ミラーさんがアフガンで窮地に陥っているであろう頃、全てをヴェノム任せにして一人でどこかへ行ってしまうという、何やら薄情者にも見えてしまう内容です。さらにラストの暗転会話では、マスター・ミラーの弟子ソリッドによってビッグボスが殺される未来、そしてマスター・ミラーもシャドーモセス事件でオセロットに殺されるらしき未来が仄めかされるという、年表通りとは言えいささか後味の悪いおまけ付きです。一応『MG』や『MG2』、『MGS』に繋がりはしたものの、過去作に比べるとドラマ性の弱い幕引きで、予定調和、消化試合といった印象が拭えません。スネーク個人のドラマは尻切れトンボで終わるわ、『PW』の仲間たちのほとんどは悲劇的な末路だわで、これなら『PW』以降は蛇足でしかない、『MGS4』でシリーズが終わっていたほうが良かった、という意見もそれなりに見かけました。にもかかわらず、監督は「ファンはたぶん喜んでくれる」と言っています。少なくとも『3』や『PW』を好きな人が喜ぶとは考えにくい要素が揃っていたような気がしますが、もしやその人たちはファンとしてカウントされていない…? それとも単に監督の感性が独特すぎるのか。あるいは、数々のマイナス点を差し引いてもなおファンが喜べるような何かが『TPP』にはある、ということを示唆していたのでしょうか。

 

チャレンジ

「誰もやったことがない」「ゲームでしかできないこと」というのは、おそらくFOBで全てのプレイヤーの核兵器が廃棄された時に流れるという、「核廃絶エンド」のことでしょうか。私はエラーか何かで偶然観ることができましたが、実際には条件は達成されていなかったようです。一種の社会実験的な試みと言えるのでしょうが、ゲーム論的なことに疎く、PvPが苦手でFOBを全くやっていないプレイヤーとしては、イマイチよく分かりません。ムービー以外はストーリー解釈にはあまり影響なさそうなので、このポイントについてはゲームに造詣の深い有識者の方にお任せしたいと思います。

 

28年間のシリーズでなければ不可能なこと

こちらはストーリーに関連がありそうです。『TPP』では過去作に関連する要素が色々と見られますが、「28年間というシリーズでなければできない」ともなると、ちょっとした前作ネタ程度の話ではなさそうです。おそらくは、正統シリーズ9作品全体の物語を繋ぎ合わせることで、単独作品では不可能な規模や重層性を持った物語を楽しめる、といったような意味ではないでしょうか。長期シリーズ物の醍醐味です。

そして、監督はここでも「喜んでほしい」と言っています。『TPP』のストーリーへの評価については、前述の通り、過去作に思い入れのある人ほどかえって厳しめになりがちな傾向があると思いますが、監督としてはシリーズファンに喜んでもらえるストーリーになっている、という自負があったらしいことが伺えます。

 

作り込み

監督の言によれば「最後の最後まで可能な限り作り込んだ」とのことですが、『TPP』を発売当時に遊んだ人なら、ネット上で未完説が人口に膾炙していたことはご存知だろうと思います。発売後に小島監督コナミを去ったことも噂に拍車をかけましたが、未完説のそもそもの主因は、ゲーム終盤にストーリーの完成度を疑わざるを得ないような要素が多かったことにあります。使い回しミッションが目立ちスカスカ感が否めない第二章、唐突に始まる事実上の最終話、「完成度30%」に終わった幻のエピソード51「蠅の王国」の特典映像で回収される伏線、などなど…。これでは未完成疑惑が噴出するに違いないことは、作り手側も当然分かっていたはずです。それを見越してなのか、監督が「安心して」と言っている点は気になりますね。

 

完成報告

この「Debriefing」の動画には、新作完成を心待ちにしながら亡くなった若きファン、ショーンさんのご遺族を小島監督が直接訪問して「完成報告」をするシーンが含まれています。さすがにハッタリでそんなことをしていたら監督の人格が疑われるだけの謎の映像になってしまうので、監督の認識としては『TPP』はちゃんと完成しているのでしょう。いかに未完説がネット上を席巻しようとも、終盤のストーリーが「未完成っぽさ」を孕んでいようとも、揺るぎなく完成している。それが公式見解である、と受け取って良いと思われます。

 

最後の挨拶

監督のメッセージを締めくくる「本当にありがとうございました」という言葉には、これまでメタルギアシリーズを愛し支えてきたファンに向けた最後の挨拶、といった趣が感じられます。この時点で既に退職が決まっていたのかは分かりませんが、メタルギアシリーズを手掛けるのは本当にこれで最後、という認識はあったのではないでしょうか。ごく短いメッセージの中で監督は三回もファンに「喜んでほしい」「楽しんでほしい」と繰り返しています。それが上手くいっていたかはともかくとして、監督がファンとの繋がりを意識し、あくまで楽しませることを大事にする姿勢であった、ということには留意しておくべきでしょう。

 

結局『TPP』は完成? 未完成?

そもそもの話として、別にゲーム内容の宣伝をしているわけでもないこの「Debriefing」という動画、なぜ必要だったのでしょうか。監督のメッセージを総合すると、「『TPP』は完成してますよ」、「ファンが喜んでくれるように作ったよ」、ということを念押ししているようにも感じられます。

一方で、『TPP』をクリアした多くのプレイヤーが、「終盤のストーリーが未完成なのでは?」と疑念や不満を抱いたことも事実であり、その感覚が間違っていたとも思えません。

どちらも正しいとするならば、落としどころとしては、『TPP』は「未完成っぽい完成品」である、つまり、あの「未完成っぽさ」は演出されたものである、ということになりそうです。

発売前後の状況からすると、開発期間・予算について会社から厳しい目で見られていたことは想像に難くありませんし、「蠅の王国」の存在から言っても、終盤のシナリオが幾らか削られた可能性は高そうです。「未完成っぽさ」は元々はある程度不可抗力の産物だったのではないかと思われます。

しかし、『TPP』の「未完成っぽさ」の中には、明らかに作為的なものと感じられる部分も確かにあります。もっとも分かりやすいのは、章構成の歪さでしょう。その詳細については次頁で改めて検討したいと思います。